大河ドラマ『青天を衝け』最終回で出てきた歴史上の出来事と関連する名所を一緒に学んでいきます。
1.きっかけ・情報源
幕末・維新・明治をしっかりと学ぼうと毎回見ていたNHK大河ドラマ『青天を衝け』。
先週日曜日の最終回(第41回)で取り上げられていたのは大正から昭和初期でした。
今日は、大正から昭和初期で記憶に残った3つの歴史上の出来事(原敬暗殺・関東大震災・渋沢栄一没)と訪れたことのある関連名所の概要を一緒に学んでいきます。
今日の写真と地図
↓「渋沢栄一のお墓」は東京都台東区の谷中霊園にあります。右が前妻の千代婦人、左が後妻の兼子婦人のお墓です。右隣にある小さなお墓は孫の渋沢敬三とその妻登喜子さんのお墓。
↓谷中霊園の最寄駅はJR山手線「日暮里駅」。
insearchofjapan.hatenablog.com
2.学んだこと
①原敬首相暗殺(1921年)と東京駅
1921年(大正10年)、東京駅丸の内南口で原敬(はらたかし)首相が暗殺されました。
第一次世界大戦が始まったのが1914年(大正3年)、終わったのが1918年(大正7年)。その翌年の1919年(大正8年)に講和会議がパリで開かれ、ヴェルサイユ条約が締結されました。その後、主要国の軍縮などを話し合うワシントン会議が1921年(大正10年)からスタート。原敬首相が暗殺されたのはその最中でした。
原敬首相は1918年(大正7年)に第19代首相に就任。華族ではない初めての首相で平民宰相と呼ばれていました。岩手県盛岡市出身。
↓原敬首相の暗殺現場(東京都千代田区の東京駅丸の内南口)。手前真ん中の印がその場所です。
↓東京駅についてはこちらから。
insearchofjapan.hatenablog.com
↓岩手県についてはこちらから。
insearchofjapan.hatenablog.com
<参考>
↓国立国会図書館HP
↓首相官邸HP
↓原敬記念館HP
②関東大震災(1923年)と表参道ヒルズ
1923年(大正12年)、関東大震災が発生し10万人以上の人が亡くなりました。
その後、耐震性と防火に優れた鉄筋コンクリート造の建物が増えることに。
代表的な建物が被災者用住宅としても建てられた「同潤会アパート」。表参道のもの「同潤会青山アパート」が超有名ですが、東京を中心に16ヶ所建てられたそうです。
「同潤会青山アパート」は1927年築。2006年にその場所に表参道ヒルズが建てられました。
表参道ヒルズは安藤忠雄氏の設計。東側の一部が「表参道ヒルズ同潤会」という名前で同潤会アパートを再現したものとなっています。
↓表参道についてはこちらから。
insearchofjapan.hatenablog.com
<参考>
↓表参道ヒルズHP。
③渋沢栄一没(1931年)と谷中霊園
渋沢栄一のお墓は谷根千(やねせん)で知られる谷中(やなか)の谷中霊園にあります。
ここには徳川慶喜のお墓もあります。歩いて数分の距離。渋沢栄一のお墓は主君の方を向いて建てられているという話で有名です。
渋沢栄一が亡くなったのは1931年(昭和6年)11月11日。
その約2か月前の9月に満州事変が起こりました。
『青天を衝け』で紹介されていたとおり、この年、渋沢栄一は中国で起こった水害被災者の募金を募るために自宅からラジオ演説を行っています。渋沢栄一記念財団のHPにも記載がありました。その演説を行ったのはなんと9月6日。
ラジオ演説により募金はたくさん集まったものの、その後数週間後に行った満州事変により募金受取は拒否されたようです。
亡くなる直前まで本当に精力的に活動していたのですね。
↓渋沢栄一のお墓。右隣の小さなお墓は孫の渋沢敬三とその妻登喜子さんのお墓。
↓徳川慶喜のお墓についてはこちらから。
insearchofjapan.hatenablog.com
<参考>
↓渋沢栄一記念財団HP
3.コメントと参考英語動画
渋沢栄一が生まれたのは1840年。亡くなったのが1931年(昭和6年)。
ペリー来航が1853年ですから、まさに幕末から明治、大正、昭和と生きてきたわけです。渋沢栄一の生涯と合わせてかなりこの間の歴史の流れが頭に入りました。
幕末に関心を持ったのも大河ドラマの『龍馬伝』が初めてでしたが、今回の『青天を衝け』ではさらに関心のなかった明治維新以降の明治、大正、昭和初期まで興味を持って学ぶことができました。
↓日本を紹介しているTokyo Cheapoのチャネル。谷中の初心者ガイド。0:40~谷中霊園Yanaka Cemetery。
4.全国通訳案内士試験問題:東京駅・谷中・渋沢栄一関連
地理2019-09:東京都(地名/駅)
2019年(令和元年)の全国通訳案内士筆記試験「日本地理(問題番号9)」で「東京都内の外国人観光客が多く訪れる地域と玄関口となるJR駅との組み合わせについて」の理解を問う問題が出ていました。
→アメヤ横丁(御徒町駅)、表参道(原宿駅)、柴又(金町駅)、谷中(日暮里駅)
歴史2019-15:明治、東京、埼玉、人物(渋沢栄一)
2019年(令和元年)の全国通訳案内士筆記試験「歴史(問題番号15)」で、「第一国立銀行の初代頭取を務め、・・・幅広い分野の企業創設、育成に携わった、現在の埼玉県出身の実業家が渋沢栄一であること」の理解を問う問題が出ていました。
歴史2018-14:明治、大正、昭和、東京
2018年(平成30年)の全国通訳案内士筆記試験「日本歴史(問題番号14)」で「東京駅に関して、開業した年が1914年であること、1921年に原敬首相が丸の内南口で暗殺されたこと、1923年の関東大震災では大きな被害がなかったこと、1964年に東京~新大阪間の東海道新幹線が開業したこと」の理解を問う問題が出ていました。
地理2016-16:東京都(施設:駅、歴史:人物)
2016年(平成28年)の全国通訳案内士筆記試験「日本地理(問題番号16)」で「1914年に創建された東京駅丸の内駅舎や日本銀行本店などを設計したのが辰野金吾であること」の理解を問う問題が出ていました。
歴史2015-18:明治、東京、埼玉、人物(渋沢栄一)
2015年(平成27年)の全国通訳案内士筆記試験「歴史(問題番号18)」で、「渋沢栄一が経営に参画し支援した学校:商法講習所が、一橋大学の前身であること」の理解を問う問題が出ていました。
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