日本のことを英語と一緒に学ぶブログ

日本の地理・歴史・一般常識などを様々な角度から発信。関連する英語も一緒に学んでいきます。各テーマはトップページに記載(各記事の下にもトップページへのリンクがあります)。

【廃藩置県】とは?いつ?版籍奉還との違いとは?英語と一緒に学びます。

1971年(明治4年)に行われた廃藩置県とそれに関連する出来事について、英語も一緒に学んでいきます。

 

1.きっかけ・情報源

 

幕末・維新・明治初期をしっかりと学ぼうと毎回見ているNHK大河ドラマ『青天を衝け』。

 

今日の第30回では廃藩置県が取り上げられてました。2018年のNHK大河ドラマ西郷どん』のお陰で版籍奉還廃藩置県の違いやそれぞれの目的は概ね理解していたのでよい復習になりました。

 

しかも今回は渋沢栄一という、薩長からは違った視点で語られていてより興味深く見ることができました。西郷隆盛の「戦争せな足り申さん」とか、栄一が藩札などの対応をしたのも史実どおりのようですし。

 

今回は廃藩置県について学びます。

 

今日の写真と地図

 

↓「西郷隆盛像」(東京都台東区「上野公園」)。

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 ↓JR「上野」駅が最寄駅です。

上野恩賜公園 Ueno Park 公式ホームページ

 

↓鹿児島県についてはこちらから。

insearchofjapan.hatenablog.com

 

2.学んだこと

 

版籍奉還とは?

 

版籍奉還は1869年に実施されました。

 

各藩の大名が治めていた領地を天皇に返したもの。

 

英語で説明しようと考えてみました。

新政府は。各藩の大名に。返させた。彼らの領地を。天皇に。

The new governent forced each feudal lord to return their land to the Emperor. 

 

大久保利通(薩摩)、木戸孝允(長州)、板垣退助(土佐)、大隈重信肥前)などが、各藩の藩主に説明して率先して天皇に領地を返還。他の藩もそれに従ったようです。

 

でも各藩の大名は藩知事として引き続きその領地を治めていたので実態は変わらず。そんなに反発はなかったらしいです。

 

<参考>

 

コトバンク版籍奉還とは。

kotobank.jp

 

廃藩置県とは?

 

廃藩置県は1971年7月に実施されました。

 

こちらは各藩を廃止して県に置き換え。各藩の大名から実権を取り上げて、政府の任命する知事が各県を治めるようにしたもの。

 

英語で説明しようと考えてみました。

新政府は。廃止した。各藩を。そして置き換えた。県に。また新政府は。取り上げた。権力を。各藩の大名から。そして任命した。知事を。統治するために。各県を。

The new government abolished all clans and replaced them with prefectures. The government also removed the political power of each feudal lord and appointed each governor to govern each prefecture. 

 

様々な近代化施策を行うために政府に権力を集中させる(中央集権国家にする)には必要なこと。しかしこれは各藩主の既得権益を奪うものですから相当な反発が予想されていました。

 

いくつかの本を読むとここでの新政府の意思決定に大きな役割を果たしたのが西郷隆盛だったようです。反乱が起こったときのために軍隊を新政府に集めたりと。

 

実際には負債が帳消しになるなどでメリットを感じた藩主が多く思いのほかスムーズにことが運んだようです。放送を見てこの廃藩置県が海外の新聞でも取り上げられていたとは驚きでした。

 

ただ島津久光は反対の意を一晩中花火を打ち上げて示していた・・という話は『西郷どん』ではやってましたが今回はありませんでした。

 

<参考>

 

コトバンク廃藩置県とは。

kotobank.jp

 

③47都道府県になったのはいつから??

 

廃藩置県をした当初は藩をそのまま県に置き換えたので300を超える県があったようです。しかしその年のうちに70県くらいまでに整理。

 

これがどのように今の47都道府県になったのだろうと、調べる中で見つけたのが全国都道府県議会議長会のHP。

 

このHPによれば、明治21年1888年)には現在の47都道府県になったようです。実際には、当時は東京都ではなく東京府だったため47道府県(1道3府42県)。東京府が東京都に変わったのは昭和18年(1943年)でした。

 

<参考>

 

府県会の歩み|全国都道府県議会議長会

 

3.コメント

 

今回は1871年明治4年)の話が中心。下の伝記資料を見ると、5月に大隈重信井上馨と大阪出張、7月14日に廃藩置県の詔・藩札対応、11月に父である市郎右衛門の死、など史実どおりでした。

 

次回は官での最終話。伝記資料の目次では全57巻のうちのようやく3巻が終了するところ・・・。栄一はまだ32歳。亡くなるのは91歳ですからまだまだこれからですね。

 

第3巻 目次【綱文】|デジタル版『渋沢栄一伝記資料』|渋沢栄一|公益財団法人渋沢栄一記念財団

 

大河ドラマ『青天を衝け』HP。

www.nhk.or.jp

 

4.全国通訳案内士試験問題

 

2015年からの問題で版籍奉還廃藩置県を直接問うた問題はありませんでした。

 

www.jnto.go.jp

 

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