1864年に起きた2つの事件について、松陰神社に関係の深い久坂玄瑞、高杉晋作、伊藤博文の3人を通じて学んでいきます。
1.きっかけ・情報源
幕末・維新・明治初期をしっかりと学ぼうと毎回見ているNHK大河ドラマ『青天を衝け』。
これまで、4回目の日米和親条約、8回目の日米修好通商条約、9回目の桜田門外の変、10回目の坂下門外の変、11回目の文久の改革、12回目の下関戦争、薩英戦争、八月十八日の政変、第14回の参与会議を取り上げてきました。
今回は17回目で出てきた禁門の変と下関戦争(四国艦隊下関砲撃事件)を取り上げます。
今日の写真と地図
↓松陰神社(東京都世田谷区)。松下村塾で幕末・明治維新で活躍する長州藩の志士に大きな影響を与えた吉田松陰先生を祀る神社です。墓所もあります。

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↓東京の神社に行くときの必携本。
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2.学んだこと
①「松陰神社・吉田松陰」を簡単な英文3文で説明すると?
Shōin Shrine in Setagaya Ward is dedicated to Yoshida Shōin, a respected scholar and teacher of the late Edo period. He influenced many young leaders who played key roles in the Meiji Restoration. Today, the shrine is a peaceful place visited by people who wish to honor his legacy.
世田谷区にある松陰神社は、江戸時代末期の尊敬される学者であり教育者であった吉田松陰を祀っています。彼は明治維新で重要な役割を果たした多くの若き指導者に影響を与えました。現在、この神社は彼の功績を偲ぶ人々が訪れる静かな場所となっています。
②久坂玄瑞と禁門の変(1863年7月)
久坂玄瑞(くさかげんずい)は、松下村塾の塾生。高杉晋作と並ぶ双璧と呼ばれていたそうです。
1863年の「八月十八日の政変」で京都を追われた長州藩の名誉回復のため活動。翌年6月に起こった池田屋事件に長州藩は憤慨。
1863年7月、京都に軍勢を送り、久坂玄瑞もリーダー的役割で参加しました。しかし、会津藩や薩摩藩により撃退(禁門の変/蛤御門はまぐりごもんの変)。玄瑞はそこで負傷し、自刃(じじん)。享年25才。
妻は吉田松陰の妹。大河ドラマ『花燃ゆ』で井上真央さんが演じていた主役です。同じく大河ドラマの『西郷どん』では、禁門の変に長州力さんが来島又兵衛(きじままたべえ)役で登場し話題になりました。また、薩摩藩を率いていたのは西郷隆盛です。
↓松下村塾と主な塾生たち。上から高杉晋作、伊藤博文、久坂玄瑞。

↓池田屋事件についてはこちらから。
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<参考>
③高杉晋作と下関戦争(四国艦隊下関砲撃事件)
久坂玄瑞と並ぶ松下村塾の双璧とされた高杉晋作。奇兵隊の創設者として有名。幕府による第二次長州征討では幕府を打ち負かす長州藩の原動力となりました。
1864年8月に起こった下関戦争(四国艦隊下関砲撃事件)では、高杉晋作は講和交渉peace negotiationを任されたそうです。見事に!?幕府に責任を転嫁することに成功。長州藩が賠償金compensationを支払うのを回避。
1866年に肺結核で死去。享年29才。
↓四国艦隊下関砲撃事件のきっかけとなった下関戦争(1863年5月)はこちらから。
insearchofjapan.hatenablog.com
<参考>
④伊藤博文と下関戦争(四国艦隊下関砲撃事件)
日本の初代総理大臣となる伊藤博文です。当時の名前は伊藤俊輔。松下村塾の塾生でした。
伊藤博文は、四国(イギリス・アメリカ・フランス・オランダ)が1863年5月の下関戦争(長州藩が砲撃)の報復として長州藩に砲撃を加えようとしている、というニュースを英国で知ったそうです。
なぜなら、1863年に密航illegal migrationで英国に行き、ロンドン大学University Colledge Londonで学んでいたからです。この密航で一緒にロンドン大学で学んでいたのが、伊藤博文(内閣の父)、井上馨(外交の父。渋沢栄一の大蔵省での上司。のちの外務大臣)、井上勝(鉄道の父)、遠藤謹介(造幣の父)、山尾庸三(工業の父)たち5人。いわゆる長州ファイブでした。
伊藤博文と井上馨は一足先に日本へ帰国。攘夷が不可能と認識していた二人は、四国からの砲撃回避に向け英国と交渉するなどして尽力したようです(この模様を先週の『青天を衝け』で徳川家康が紹介していました)。
↓松陰神社には伊藤博文が寄進した石燈籠stone lanternもあります。

<参考>
④その他「松陰神社・吉田松陰」関連情報
・日本維新の会 藤田文武共同代表スピーチ
True passion and “madness” are to be cherished; mere talent and cleverness are to be feared. My friends, have the courage to be mad! Shoin Yoshida
— magoiku (@magoiku) 2025年10月23日
狂愚まことに愛すべし、才良まことにおそるべし。諸君、狂いたまえ。吉田松陰。 https://t.co/ZXZVnxdoqA
Passionate people who seem a bit crazy are admirable, while those who only think without acting are to be feared. So let’s be a little crazy.
— magoiku (@magoiku) 2025年10月23日
狂気じみた情熱で行動する人は称賛されるべきであり、考えるだけの人は恐るべきだ。だから少しは狂おう。#吉田松陰https://t.co/GapB3t0kV9
・高市総理大臣 所信表明演説
One should view national affairs from one’s own place and position, for that is the surest way. Shoin Yoshida
— magoiku (@magoiku) 2025年10月24日
事を論ずるには、当(まさ)に己れの地、己れの身より見(けん)を起こすべし、乃(すなわ)ち着実と為す。吉田松陰
「地方の活力は、日本の活力」#吉田松陰 #ShoinYoshida https://t.co/1wNLNKxwWV
To discuss national affairs, one must first consider local matters.
— magoiku (@magoiku) 2025年10月25日
国家を論じるには、まず地方のことを考えなければならない。天下国家を論じるには、自分の身の回り(地域・現場)から考えることが大切だ。#吉田松陰 #ShoinYoshidahttps://t.co/GapB3t0kV9
3.コメントと参考英語動画
毎週楽しみにしている『青天を衝け』。
いよいよ1864年まで来ました。
1867年のパリ万博、大政奉還、その後の明治維新とさらに激動の時代が待っています。
特にパリの場面をどういう風に映像にするのか、今からとても楽しみです。
↓長州ファイブが留学していたUnivesrsity College London(ロンドン大学)のチャネル。長州ファイブの概略が分かります。
4.全国通訳案内士試験問題:松下村塾・禁門の変・下関戦争・久坂玄瑞・高杉晋作・伊藤博文関連
歴史2019-14:江戸時代、神奈川、山口
2019年(令和元年)の全国通訳案内士筆記試験「日本歴史(問題番号14)」の選択問題の一つで、「生麦事件と四国艦隊下関砲撃事件の両事件に関する理解」を問う問題がでていました。
歴史2019-16:明治、東京、山口、人物
2019年(令和元年)の全国通訳案内士筆記試験「日本歴史(問題番号16)」で、「初代内閣総理大臣で、憲法制定調査のためヨーロッパに留学の経験もある長州藩出身の政治家が伊藤博文であること」の理解を問う問題がでていました。
歴史2017-12:江戸、山口、人物
2017年(平成29年)の全国通訳案内士筆記試験「日本歴史(問題番号12)」で、「松下村塾を主宰したのが吉田松陰であること」の理解を問う問題がでていました。
歴史2017-13:江戸、山口、人物
2017年(平成29年)の全国通訳案内士筆記試験「日本歴史(問題番号13)」で、「1863年、高杉晋作によって編成された軍事組織が奇兵隊であること」の理解を問う問題がでていました。
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